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高松高等裁判所 昭和42年(う)300号 判決 1968年7月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴ってある弁護人中平博作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は事実誤認の主張であって、要するに、被告人は、昭和三七年七月一日施行の参議院議員の通常選挙に立候補した山崎斉及び塩見俊二につき、それぞれの過去の業績を述べて、選挙人に対し投票依頼をしたものであって、現在もしくは将来の利害関係を利用したものではなく、公職選挙法二二一条一項二号にいわゆる特殊の直接利害関係を利用して誘導したものではないというのである。

そこで原審で取調べた各証拠に当審における事実取調の結果を併せ検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、昭和三七年六月二八日午後九時頃、原判示の新田劇場において、東津野村森林組合主催の映画を観覧中の同村住民で選挙権を有する下田志郎他多数の者に対し、右映画の合間を利用して、前記候補者山崎及び塩見に当選を得しめる目的で応援演説をし、原判示のように当別峠のトンネル及び本村郷から天狗高原に通ずる林道ができるようになったのは、それぞれ前記塩見及び山崎らが予算獲得等に尽力したおかげである旨述べ、右両立候補者が当選すれば今後もこのように東津野村のためになることをやって貰える、両名に投票して貰いたい、という趣旨を述べたがこと認められる。

ところで本件公訴事実には、右の演説の際に被告人が、「現在の村役場を川向いへ移転することになっているが、移転すると橋もかけんといかんし、相当金も要るので補助金を貰わんといかんからどうしても自民党から出ている者を当選させんといかん、東津野村をよくするためには、この両先生に当選して貰わねばならんので、今度の選挙には前記両候補者に投票するよう」に申し向けた事実が含まれており、≪証拠省略≫中には右事実にそう部分がある。所論は、前記橋については、当時既にその工事費等について国から補助金支出の内示があり、前同村では右工事費等は予算に計上されていたのであって、被告人は、前記劇場において前記候補者の過去の事実として、前記山崎の尽力により五〇〇万円の予算がもらえるようになったと述べたに過ぎないと主張するので、その点を検討する。

≪証拠省略≫ によれば、東津野村では同村芳生野字新田所在の同村役場を北川を距てた「向い新田」に移転新築することとなり、そのため右新田から向い新田に至る架橋の必要を生じた。一方、同村で山村振興事業として、新田県道北川大橋間に林道(昭和線)を開設する計画を樹てていたので、その一部として架橋することとし、国(林野庁)及び高知県から右林道工事補助金(その合計額は工事費の五五パーセント)の交付を受けるよう交渉した結果、昭和三七年二月には、高知県及び林野庁から右補助金交付承認の内示が東津野村村長に通知され、同年三月末頃には、右林道工事費三八二万四、〇〇〇円の当初予算案が同村議会で議決された。その後、同村は当初予定とは異った位置に架橋することとして右計画を変更したため、前記予算に不足を生じ、そこで前記架橋計画の変更とそれに伴う補助金増額を高知県に交渉して、その承認を得、同年六月二七日(本件の前日)には林野庁から高知県に補助金増額(増額工事費三七〇万円についてのもの)の内示がなされ、高知県から同村長にその翌日頃その旨の通知がなされた。ところで、国又は県の補助金交付の内示は、右補助金交付の最終決定でないことは勿論であって、原判示のように右最終決定に至るまでの暫定的な意思表示とみるべきものではあるけれども、右内示を受けるとその実施庁では直ちに内示に基き諸般の手続や工事に着手していることが通例なので、後日内示を変更することは、その関係各庁に対して影響するところが大であるところから、従来の慣例上、右内示が一旦通知された場合、特別な事態等が発生し計画実施に支障を来し、下級庁たる市町村からとくに、増額又は減額の意思表示がない限り、当初の内示を上級庁が一方的に増減できないものになっていたところから、本件においても、正式の文書による補助金交付の通知は、昭和三七年一〇月二三日に高知県知事から前記村長に文書を送付してなされたのであるが、右正式の通知より遙か以前である同年七月五日には既にその交付があることを前提として、高知県からの工事施行指令のとおり前記架橋(男立橋)を含めた林道工事に着工したことが認められるのであるから、当時三期目の東津野村議会議長であった被告人は、内示(前記当初及び増額後のものの双方について)があったことを聞き知っていたことが認められ、前記劇場における発言当時、当然後日補助金の交付を受けるものと考えていたと認められること、前記下田志郎以外に前記劇場で被告人が発言するのを聞いた者は多数居り、それらの者について捜査官或いは原審において取調べられているのに、架橋変更に伴う補助金をもらうためには前記候補者を当選させねばならない旨述べたのを聞いた証拠は存在しないこと、また、被告人は本件におけるように映画劇場において映写の合間に選挙応援の発言をすること自体が公職選挙法に違反しないかを事前に警察官及び東津野村選挙管理委員長に尋ねて違反とはならないことを確認してから本件発言に及ぶなど当時違法行為をしないように特に慎重な態度をとっていたこと、≪証拠省略≫中には、男立橋ができるようになったのは前記立候補者らの尽力によるものである旨被告人が発言したという供述部分があること、≪証拠省略≫中の本争点関係部分と対照すると、前記下田志郎の供述調書のみをもっては前記公訴事実を認めるに足らず他にこれを認めるに足る証拠はなく、≪証拠省略≫によれば、結局被告人としては、既に計画が承認され、それに伴う予算の増額も認められ、従って、男立橋を含む林道(昭和線)工事に関する国、県の補助金の増額も既に得られるようになったという認識のもとに、このようになったことは、前記山崎の尽力があった結果によるものであるとの同人の過去における功績、能力等を称賛する趣旨のことを述べたに過ぎないことが認められる。

ところで、公職選挙法二二一条一項二号にいう利害関係は、現在又は将来における特殊の直接利害関係であることを要するところ、以上認定のように、被告人が選挙権のある東津野村住民らに対し、前記両候補者がトンネル、林道の敷設、架橋等につき同村に利益となるよう尽力したという過去の利害関係を述べ、両候補者が当選すれば今後もこのように同村のためになることをやって貰える旨抽象的に述べたのみでは前記利害誘導罪の構成要件を充足するものとは認められない。以上と異なり、前記架橋のことに関し、被告人が将来の未確定の事実として、前記山崎の尽力を期待する意図のもとに前記両候補者に投票をして貰いたい趣旨の発言を被告人がなした事実を認定し、被告人に対し右利害誘導罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

以上説示したように、結局被告人に対する公職選挙法違反の公訴事実を証明するに足る充分な証拠がないので刑訴法三三六条により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 谷本益繁 大石貢二)

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